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10月1日、ABCパレスで市主催の歓迎レセプションが開催されました。参加者の方々は、久しぶりに再会した旧友と思い出話などに花を咲かせ、楽しいひとときを過ごされていました。





『華の50歳組』の始まり
昭和26年 阿久根小学校で華の50歳組誕生!!(第5回運動会)
昭和28年 大川小学校で始まる ※昭和32年からという説もあります
昭和35年 西目小学校で始まる
昭和50年代 山下小学校で始まる
〃 尾崎小学校で始まる
〃 鶴川内小学校で始まる
昭和60年 折多小学校で始まる
〃 脇本小学校で始まる
平成6年 田代小学校で始まる
〃 隼人小学校で始まる
『華の50歳組』の誕生エピソード
◇当時の時代背景
50歳組が始まった当時の国内事情は、終戦直後の混乱期を過ぎたころで、国民は精神的には落ち着きを取り戻してきたものの、物質面では衣食住の欠乏があり、特に食糧事情は深刻であったようです。
一方、スポーツ界においては、古橋・橋爪の両選手が水泳会の世界記録を次々に書き換えて国民に明るい希望を与え、スポーツの振興の兆しがようやく見えてきた時期です。
その頃の阿久根は、イワシの景気に沸き、経済的にも活気を呈したころで、昭和27年には、鹿児島県内6番目の市制を施行するなど戦後の一大復興期でした。
◇誕生の諸説
昭和26年に阿久根小学校の体育主任であった岩切亀彦氏(故人)によると、当時50歳であった数名の間で血気盛んであった青年時代の競争話がもちあがり、それに同調する人々がお互いの挑戦論をエスカレートさせ、さらに数名が加わり「今、競争して決着をつけよう」という話になり、当時の阿久根小の竹下利男校長(故人)に秋季運動会で50歳の競争種目を入れてくれるよう相談に行ったのがきっかけと言われています。
また、一説によると、この年に天皇陛下が50歳を迎えられたので、これを機会に同じ年の50歳の人達が率先して何かスポーツでもやってみようということになり、竹下校長に相談して事が運ばれたとも言われています。
呼び方についても、なぜ「華の50歳組」となったかはっきりしませんが、平成2年までは「花」の字であったものを阿久根小学校29年卒の方々の50歳組のときに『人生の折り返しとなるこれからを華やかに生きよう』ということで「華」に変更されています。
◇目的の発展
当初、50歳組の目的は、中年層の体力保持、健康増進であったと思われますが、現在は、50歳という節目の歳に、母校の運動会へ参加するのを機会に同級生が一堂に会し、お互いの無事を喜び、
亡師・亡友の慰霊を行うとともに、童心にかえって競技に参加して旧交を温め、連帯感を深める同窓会として阿久根市特有の慣習になっています。
昭和26年に阿久根小学校で始まった『華の50歳組』は、現在では市内全小学校で取り組まれ、市をあげての一大イベントとして阿久根の秋の風物詩になっています。
市では、このように全国的にも珍しい心温まる伝統を市の財産と位置づけ、後世まで守り・育んでいく為に、平成17年2月に特許庁に対して、『華の50歳組』の商標登録を認めていただくよう出願をしておりました。
そして、平成18年3月に待望の認可をいただきました。この事により、今後も他に類を見ない阿久根市の固有の伝統行事として受け継がれ、さらなる発展が期待されます。
寺田九敏さん作詞作曲によるイメージソング「みなみ風」を試聴できます。
※適正な音量で御利用ください。
ぼくらは 宇宙を翔ける彗星
五十になって この地に還る
明日から また旅がはじまる
君の未来に祈る “幸あれと”
…… 間奏 ……
『華の50歳組』について詳しくは、阿久根市役所企画調整課 企画推進係(電話0996-73-1211 内線1231)までお問い合わせください。
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